インド楽器紹介

Indian Musical Instruments
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1.弦楽器  2.管楽器  3.打楽器



1.弦楽器

紹介する楽器は順次増やす予定です。
また、ここに書かれている奏法に関することは全て「原理」的なものです。

1.Sitar シタール
2.Sarod サロード
3.Tampura or Tambura タンプーラ、タンブーラ

Sitar シタール

sitarの図1 sitarの図2  北インドを代表する弦楽器。インド古来の弦楽器ビーンがイスラム文化の影響を受けて、ペルシャの弦楽器セタールと融合し生まれたもの。一見して最も目を引くのは丸い南瓜のような共鳴胴で、何とも言えぬ親近感を与えてくれますが、実際は夕顔の実の中身を取り去り、外皮を乾燥させたものです。(日本では干瓢として中身を食します。瓢箪と同じ仲間であり、素材としての固さや軽さも同じです。つまりそんなに強度があるものではありません。)そこにチーク材などで作られた表面板を張り、それにつながるネックで構成されています。

 

 外見上のもう一つの特徴は、首長竜のように長く、太くかつ平行なネックもさることながら、その上に取り付けられた、大きくアーチを描きながら張り出したフレットでしょう。きらきらとした真鍮で作られ、神秘的でありながらきらびやかであるという、インド文化を体現したような趣があるのではないでしょうか。この湾曲したフレットは糸によってネックに結び付けられていて、可動性です。そこに南インドのヴィーナとは違う、ペルシャのセタールの影響を見て取ることができます。ネックの巾は上から下まで一定であるため、糸を緩めることなく、滑らすようにして移動が可能であり、曲ごとにフレットの位置を変えて、音階の違いを弾き分けることができるようになっています。

 次に近くに寄って分る特徴として、そのペグの多さであり、つまりそこに繋がる弦の数がいかに多いかということです。全部で20本程(流派の違いなどによって一定ではありません)ありますが、実際に指で奏する弦というのはその一部でしかありません。低音用の太い弦以外は全てスチール製が張られていて、少しの隙間を隔てて、上段と下段の2層に分かれています。下段の層の弦は全て共鳴弦(タラフ)であり、13本、フレットの下を通っており、直接弾くことは余りありません。豊かな音の余韻、エコーを作り出し、大理石で作られた建物、タージマハールの中で弾いてるような広がりのある、うっとりさせるような感じを持つ音はこの共鳴弦によって生み出されています。

チューニングは以下のように行なわれます。
第1弦 'm 第2弦 'S 第3弦 ''P 第4弦 ''S
チカリ弦 長い方から 'P S S'
共鳴弦 演奏するラーガに合わせて変えます。S 'N S R G G m P D N S' …

 *インドの音階は次のように表されます。音階の基音を「Sa サ」とします。1オクターブは12の半音によって構成され、西洋の長音階と同じものを基本にします。(それぞれの音の高さの関係も西洋などと同じと考えても差し支えありません。もしチューニングメーターで合わせるなら自然とそうなる訳で、初めに可動式であるフレットの位置を正しい音程に設定するときも、このメーターを使うことができます。よくインドの音楽はいかに細かい音程で構成されているかを説く紹介文を目にしますが、「基本音階」を考える上では、西洋の「純正律」あるいは「平均律」で進めて行くようにします。初めから複雑さばかりに目を向けさせるのは、平明さを失うもとになると思います。)音階上の音を基音から順に記すと、「Sa サ」「Re レ」「Ga ガ」「Ma マ」「Pa パ」「Dha ダ」「Ni ニ」となります。普通母音は省略され、「SRGMPDNS」と表記します。

 さてこの表記法について。半音変化とかオクターブの上下をどう表すかです。音楽学者が定めた方法は別にあるのですが、紙の上に書くことはできても、このネット上では余り便利な方法ではありません。そこで次のような方法がとられているようです。大文字のアルファベットはナチュラル音を、小文字のはフラット音を表します。じゃあ、シャープ音は?ありません。「R」のシャープ音と「G」のフラット音は同じ高さ、などという両方の表記を可能にすれば、それだけ煩雑になってしまいますので、ばっさりとシャープは捨てます。ただ一つ例外、「M」はすでにシャープの状態です。ナチュラル音は「m」ということになります。次にオクターブですが、基音より1オクターブ低い時には音名の前にダッシュを付け、高い時には後に付けます。「''S」「'S」「S」「S'」「S''」のようになります。これを使って正しく長音階を表せば「S R G m P D N S'」となります。なお、「S」と「P」は半音の変化を持たない不変音ですから、常に大文字です。また、「Re レ」は「Ri リ」と表記され場合もありますので、「R」とある場合は「レ」「リ」どちらの発音でも構いません。

 次に「S」の高さの基準をどうするかです。インドには西洋のような「絶対的」な音の高さというものは想定されていません。従って、歌う人はそれぞれが歌いやすい自分にあったキーで歌い始めます。楽器もその性能に合わせて、弦楽器であれば、その最もよく響くと思われる高さに調弦します。タブラやタンブーラとか他の伴奏楽器はそれに合わせてチューニングします。シタールでは普通、流派の違いによる2種類の高さがあるようです。[D]か[C♯]あるいは[C]です。つまり、初めに第2弦の「'S」音を[D]にチューニングしたとすれば、それに付随して他の「S」音を合わせます。低音の「''S」やチカリの「S」「S'」です。次にそれより4度高い([G])のが第1弦であり4度低い([A])のが第3弦ということになります。

 上の層の弦のうち、手前側の3本は特殊で、フレットとは関係なく、少し高く張られていて、リズム弦(チカリ弦)として使われ、音程の変化は作れず、常に一定の音を鳴らします。音と音の間に鳴らして「間」をうめたり、リズムを際立たせる働きを持ちます。またその際、数字の組み合わせのような複雑な音型を生み出すのにも一役買っています。

 残りの弦が主奏弦となります。1弦、2弦が全体を通して最もよく使われ、3弦4弦(銅や真鍮製)は曲の初めのゆっくりの部分(アーラープ)の低音部にのみ使われます。つまり、全体複雑に交差して見える弦も、旋律を奏でるのはほとんど2本(または4本)の弦だけということになります。これらの弦は表面板上のブリッジの上を通って底部に集められ、そこにある金具に留められますが、そのブリッジにまた大きな「仕掛け」が施され、シタール独特の音を生み出すようになっています。

ジョワリ  鹿の骨で作られることが多いこのブリッジ(ジョワリ)には3センチ程の巾があり、わずかな傾斜が作られています。すると弦とブリッジの間には自ずと狭い隙間が生じます。当然弦は弾くたびにびり付き、高周波を多く含んだ「ビーン」という音を発します(ジョワリ音)。一体に世界の弦楽器はこういう音を嫌い、ブリッジと言えば狭いものと決まっています。しかしシタールのユニークさはこれを逆手に取り、音色を作る道具の一つとしている所です。(他のインドの弦楽器もこの構造を持っています。つまり究極の「インド感」を作り出す元となっているとも言えます。)もちろん下手をすれば耳障りな音になりますので、職人が熟練の技を持って慎重に研いで傾斜を決定し、弦との隙間を調整します。また、単に音色が改良されるだけではなく、余韻の音を増幅する効果があるため、結果、すぐに減衰するはずの弦の音が長く引き延ばされ、美しく存在感を放ちます。

 

ミズラブ

ミズラブ装着  演奏時は右手人差し指に、ピアノ線を曲げて作られたピック(ミズラブ)を装着して弾きます。つまり1本指しか使いません。左の人差し指と中指の先には常に油をつけ、弦上を滑りやすくします。
                

 

右手  右手親指の腹をネックの根元近く、最終フレットの下の側面、指板の角当りにしっかりと常に当てておき、離したりしません。

 

ミーンド  音程の変化は、フレットの押さえる位置を変えるだけではなく、フレット上で弦を指先で抑えながら横に引っ張ってその張力を変える(ミーンド)ことでも行ないます。そのためにこそフレットが湾曲してミーンドしやすくなっているわけですが、もう一つ、第1弦がほぼフレットの中央に張られていて、弦を引っ張るための余裕、空きが右側に作られているなど、いろいろな工夫が施されています。結果、音は音階上の音以外の微細な変化を含むものとなり、正に歌うような表現が可能となります。

 

sitar漫画  全体としては、見た目の大きさに比してかなり軽く、壊れないよう慎重な取り扱いが必要となります。なお、頭部側にもあるラウ(南瓜、ふくべ)ですが、底には大きな穴があけられ、一般にはそこからも共鳴音が出て、ステレオ効果が得られると言われています。しかし、その共鳴する力は弱く、耳を近づけても小さく聴こえるだけであり、その為か、初めから付いてないタイプのシタールもあります。恐らく、楽器を床に置いた時の「安定」のためでもあると思われるほか、何よりもご先祖に当たる古い楽器の「ビーン」を形の上で連想させる所に魅力を感じるのではないかとも思われます。

 

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Sarod サロード

sarod sarod斜め  サロードは現在シタールと並んで、北インドを代表する弦楽器の一つと言えるでしょう。インド音楽を表現する上での楽器の表現能力としては、完璧とも言える能力を示すシタールと互角、あるいはそれ以上と言えなくもありません。つまりシタールとサロードは北インドの楽器の中の双璧ということです。実際北インド音楽を完成させたと言われるミヤン・ターンセンの系統は、シタールとこのサロードの2つの流派に分かれ、現在に伝わると言われています。
 北インドにおいて、本来「主奏楽器」というのはこの2つしかありませんでした。(この場合「伴奏楽器」は除外します。また、現在では余り使われなくなった古典楽器や、大きなシタールとも呼べるスルバハールのことも数に入れていません。)ところが現在は多くの楽器が古典音楽にも使われ、「2つだけ」というのは大いに抵抗を感じさせる表現でもあります。しかしこの2つ以外の楽器は、元々はどこか他の、民俗的分野で使われていたもの、余り中央ではない地域的な楽器、あるいはまた外国のものであったりしました。たとえ国内であっても宮廷で使われなかった楽器は古典音楽の楽器ではなかった、ということになります。

 

 *他の国においてもこの分類法は、宮廷や上層階級に普及していたものを「古典音楽」と呼び、それ以外のものは「民俗音楽」と呼んで使い分け、共通していると思われます。しかし、インドにおいては特にこの区別がはっきりしていたようです。ほとんど謎のような音楽を操るのが宮廷楽士であり、それを理解するには高度な教養を前提とし、よって王族、貴族の間でしか理解できなかったもののようです。恐らく、一般の人達は生涯聴くこともないような音楽だったのではないでしょうか。

 *話は少しそれてしまいますが、そのようなこともあってインド古典音楽はイギリス統治時代には、特に20世紀以降大変に衰えてしまったと言われています。しかし、有名な古典音楽学者のV.N.バトカンデまたV.D.パラスカールらの一生を懸けた尽力によって、今日見られる隆盛をもたらすことになったとのことです。バトカンデは各宮廷でバラバラに発展していた各流派の音楽を収集し、統一的体系にまとめあげ、表記法を設定し、本として出版し、誰でもその神髄に触れることができるようにし、一方パラスカールは演奏家として一般の人達に古典音楽を広め、また政府に働きかけて、各大学に古典音楽のコースを設置させたと言われています。

 笛のバンスリは牧童が吹いたり、その雰囲気を伝える民謡であったり、ポピュラーソングなどに使われるのみでした。リード楽器のシャーナイ(シャハナーイ)は寺院で儀式の開始を参拝者に伝える働きのものだったそうです。サントゥールはカシミール地方の民謡に用いられていました。エスラージはベンガルの家庭楽器であり、主にタゴールソングなどに使われていました。サーランギは例外的に古典的な楽器でしたが、主に声楽の伴奏楽器であり、独奏楽器ではありませんでした。ギターはハワイアンギター奏者によって広められました。バイオリンは主に南インドで使われていて、「外国のもの」という意識こそ少なかったかも知れませんが、決して北インドではポピュラーな楽器ではなかったようです。

 皆それぞれにそれらを古典音楽の世界に持ち込んだ人がいます。全て名前も分っていて、まだ生きていて活躍してる人もいます。つまり、皆最近の出来事と言っても過言ではありません。(南インドではかなり古くからバイオリンとマンドリンが使われ、当たり前の古典的楽器として扱われています。)これらはそれぞれの楽器の項で触れると思います。

 とはいえ、このサロード自身も実は純粋にインド古来のものかどうかは、ちょっと意見の分かれる所のようです。シタールもペルシャのセタールとインドのビーンが融合したものと言われていますが、このサロードには2つの説があります。一つはアフガニスタンの弦楽器「ラバーブ」が伝わったものだというもの、もう一つはインドの古い弦楽器「シュルシュリンガール」が元になったという説です。こういう古い楽器の伝来ルートというのは、どの国のどの楽器であってもはっきりしない場合が多いように思われます。伝来楽器が初めから「有名な」ものとして伝わって来る例は少なく、いつからか誰かによって弾かれ、やがて天才的な奏者が現われ、人々の耳目を集め、ついに確固たる地位を築いて行く、というような発展をたどるものである以上、その天才が手にする以前がどうなっていたかまでは分らないのが普通です。また、恐らく「単純ルート」ではないと思います。まるでエコーのように、対岸同士の波の打ち寄せ合いのように、お互いに響き合い、そのつど影響を受けて形を変え、時には向かい側ではない方向からの影響も受けたりと、実際に起こったことは非常に複雑なんではないかと思われます。

 サロードは外形を無視すれば、弦の張られ方、そのチューニング法など大変シタールと似ています。ただ決定的に違うのはフレットがないという点です。しかし、音はぶつぶつと切れ切れの音ではなく、指板が金属製のため、ある意味、無限の細かなフレットになっているようなもので、奏者はインド音楽に必要なあらゆる微小音程を生み出すことができます。シタールでは弦を引っ張ることでそれを可能にしていますが、サロードは弦を抑える指をスライドさせることで可能にしています。

 この弦の抑え方は、2つの流れがあります。一つは常に爪の先で押さえ、全ての音は繋がった音として表されます。一方の流れは指頭を用います。もっとも、常に金属弦を押さえるので指頭は大変固くなり、音が顕著にミュートされるということはなく、適度に抑制されたものとなり、もちろん感想は個人的な差があるのが当然ですが、敢えて言えば、より深みのある音を出すとも言えます。そして、特に音をスライドさせたい時に限って、爪を使った奏法に切り替えます。しかし爪の先ではなく、中間部分を使います。さっと手自体をフレットの上にかぶせるようにし、指を内に折り曲げ、爪の平たい中程を弦に押し当て、スライドさせます。

右手  右手にココナツの殻で作ったジョワと呼ばれるストライカー(ばち)を持ちます。しっかりと持ちますが、手首には力が入らないようにし、スムースに動くようにします。これは相反する動きを手に求めることにもなります。素早く動くようにと手から力を抜けば、弾弦の際、ジョワが動いて弾きづらく、音もしっかりしません。どうかすると落してしまいそうになります。指先に力を込めて、ジョワが飛んで行かないようにしっかり持てば、自然と手首にも力が入ってしまい、動きを邪魔します。また、ギターのピック奏法のように、手首辺りをどこかにのせて弾くことも許されませんし、肘から動かしてもいけません。丁度フラミンゴの頭とくちばしのような形にして、手首から動かします。

 

sarod漫画  一つの木(トゥン)の塊をまるで丸木舟を作るような感じでくり抜いて作るため、シタールとは反対に大変重い楽器です。また指板はステンレス製の厚みのある板が使われているので、これも全体が重くなる理由の一つです。この楽器のもう一つの特徴はヤギの皮が張られているということです。この辺は三味線などと似ていますが、張られているのは表面だけで他は完全に密閉された形になっています。

 

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Tampura or Tambura タンプーラ、タンブーラ

 *プ(p)ではなくブ(b)のTamburaの場合、東欧などに伝わるマンドリンに似た弦楽器を指す場合もあります。また、Tambur(タンブール)と最後の母音が抜けた場合はトルコやイランなどの弦楽器を指します。どれもフレットを持つ違う奏法の弦楽器です。このように楽器の名は広く世界に広がり、同じような名でありながら、かなり違う発展を遂げているものがあります。ラバーブやタブラにも同じことが言えます。

tambura

tambura 斜め  タンブーラは他の楽器と違い、少し特殊なものです。特殊と言っても滅多に使わないという意味ではありません。それどころか伴奏楽器として、演奏には欠かさず用いられます。形が特に変わっている訳でもなく、大変インド的な美しさを持っています。恐らくその奏法に触れた時、多くの外国人が驚くだろう、という意味で「特殊」です。何しろ常に開放弦を「ビーン、ビーン」と同じように繰り返し鳴らすだけ。ピアノやギターのように、伴奏の和音演奏もできるが、もちろんメインのソロ演奏もできる、というのではなく、もう初めから最後まで伴奏、全く同じことを繰り返すだけ。「誰でもできるじゃないか」と思われてしまいます。「演奏」とは「特別な訓練を積んだ人にしかできない」という思い込みが、この楽器の価値を低く見せてしまうかも知れません。

 

 では一体、どのような理由で「開放弦楽器」を用いるのでしょう。—そもそも、インドにおいて「歌が最も重要な音楽の土台である」ということは、たぶん誰も否定しないでしょう。その証拠に、どんな楽器で演奏しようと、他の国の音楽のように、それぞれの楽器のための「曲」を演奏するのではなく、どれも同じこと、同じシステム、つまり「歌」を基にした演奏を始めます。さて、その「歌」ですが、歌い初めと歌い終わりはどちらも音階の基音、つまり「Sa サ」です。それが全く狂うことなく同じにできるかと言えば、なかなか難しいと思われます。いいじゃないか、少しくらい、という訳にはいきません。始まって1時間後にその音が出る、というものでもありません。

 再び「Sa」が現われるのは、曲の本当の終わりということではなく、例えば、「歌う」ということを簡単に言えば、音階を上へ登って、複雑な動きをした後また下へ降りて来て「Sa」に戻ること、となります。その時、基の音に戻ったが、果たして正しかったのか、という疑問や不安が残ります。聴いてる方にはよく分かったりしますが、複雑な動きをした後では、本人には多少つかみにくい場合があるかも知れません。そんな場合、もし何か初めの音(基準音)をずっと鳴らし続けているものがあったとすれば、それに合わせれば簡単に正解が得られることになり、安心して元に戻ることができます。結果的により自由度が増し、次々とフレーズを繰り出し、「天翔る天馬の如し」というような自在な動きも手にすることができるようになります。

 そこで、常にぴったりの「基準音を作り出し続ける楽器」というものが必要となって来ます。一定の音しか出ない「固形的物体」を打ち鳴らし続けるとか、管を使った「気鳴楽器」を吹き続けても可能かも知れません。しかし、人によって微妙にピッチの違う「基準音」には対応できなくなります。(インドには「絶対的な音の高さ」という考え方は、本来ありません。)その点、音程をペグによって自在に変えることのできる「弦楽器」のタンブーラは、最もこの要求を満たす優れた楽器、言わば「無段可変基準音発生装置」と言えるでしょう。シタールがCやDだというのは、西洋的な考え方の影響です。多分録音の時とかには合わすのでしょうが、普通のライブ演奏の時には微妙に下がってしまっている場合もあります。しかし、同時に使う楽器も音程が微調整できるものを使えば、音楽的不協和の問題は生じません。そういうことに対応できるのがタンブーラです。

 しかし、実際は、多分それ以上の働きをしていると思われます。音楽上はdrone(ドローン、ドローン音、蜂の羽音の意)と呼ばれるものですが、「背景音」とでも呼べるような、演奏のバックグラウンドとなるアトモスフィア(「雰囲気」や「環境」)を作り出します。まるで絵を描く時のキャンバスのように、タンブーラの音を聞きながら「この上にどんな音をのせて行こうか」と、演奏者はイマジネーションの翼を広げることが可能になります。何か宇宙的イメージも、もたらしてくれます。そのためには「音色」や「響き具合」というものが重要となり、「音と音の間隔」も、人それぞれの好みというものが生まれて来ます。また曲によって音の組み合わせを変えたりします。4弦、5弦、6弦製のものがあり、チューニングの仕方も変わって来ます。

 形としてはシタールに似ています。恐らく作る材料や工程もよく似ていると思います。下の丸い部分はもちろんユウガオの実です。ところがネックにフレットが全くありません。そして弦高が大変に高く、押弦はできません。また大きさが色々あります。大きいタンブーラの場合、舞台でその林立する様は壮観です。歌い手を中心にバックを取り囲む形、弟子たちが何人も登壇し、タンブーラを垂直に立てて演奏します。その高く太く伸びるネックの姿、まるで音楽の森の中に分け入ったような、巨木が立ち並ぶが如くです。

Tambura 美女  楽器を寝かして膝の上に置いて、弾く時もありますが、普通、自分の右膝(腿)の上に底部を載せます。次に右腕の肘をネックの付け根、表面板の肩辺りに乗せますが、楽器が体から離れ過ぎると支持しにくくなります。肘から手首までをネックに沿うようにすると、丁度自分の顔の横、右耳辺りに手が来るので、音も聴き取りやすくなると思います。中指で第1弦、人差し指で残りの弦を弾きます。このとき横に引っ掛けるようにして弾くと、余り気持ちのいい音はでません。なぜなら、タンブーラの音色はシタールと同じように、ジョワリによって生み出されます。つまりその微妙に触れることで生み出されるびり付いた振動音は、縦に振動した時に生まれ、横に振動したのではジョワリと触れることができず、空回りをすることになってしまい、ジョワリ音のないつまらない音になります。
 また、無骨に強く弾き過ぎると不快なガシャッといった音になってしまいます。上手な奏者を見ると、まるで押さえているだけのように見えてしまいます。正しい弾き方は、まず、弦に指を沿うように当て、軽く押したあと、弦に回転を与える要領で横にずらしながら、弦を開放します。何度か練習すると、この感覚がつかめて来ます。まあ、あまり見た目ほど簡単で、練習なしでもできるというような楽器ではありません。なお、長時間、同じ体勢で弾き続けることになる訳ですから、無理のない姿勢を初めにとる、ということも案外重要です。途中でごそごそ動くというのもはばかられると思いますので。

 

Tambura楽士  反対の手は空いてますので、歌手が自分で弾いている場合は、自由に動かしながら歌う場合がほとんどです。恐らく手を動かさず歌うインド人は皆無でしょう。(曲によっては「振り」のようなものがある場合もあり、自由に動く手が感情表現を果たす場合もあります。両手が空いている場合は両方とも動かします。)女性歌手や器楽の伴奏に使われるものは小ぶりで、全長100cm余、重さ1.3kgぐらい。器楽伴奏の時のタンブーラは完全に伴奏者のみが弾くことになりますので、空いている手は軽く楽器に添えたりします。

 

Tambura漫画  チューニングは、重要な音である「主音」と「5度」を響かすのがタンブーラの目的ですから、普通4弦製の場合、第1弦が「低いPa」、2弦3弦が同じ「Sa」、最後の第4弦が「低いSa」、例えば、[D]にチューニングしたシタールの時に使うのであれば、1弦=低い[A]、2弦と3弦=[D]、4弦=低い[D]、また[E]のバンスリーであれば、1弦=低い[B]、2弦と3弦=[E]、4弦=低い[E]となります。もし、ラーガの音階の中に「Pa」が含まれないものであれば、第1弦は「低いMa」が使われたりします。
 5弦製のものであれば、他は4弦のと同じで、真ん中の第3弦のみを「低いNi」にしたりします。何弦のものがいいかは、これも個人の好みのようですが、一般的に本来の4弦製が多く使われていると思います。通常、主奏者が初めにチューニングし、それを受け取って演奏しますが、途中で音程が狂ってしまえば、素早く直す必要があります。直せないなら止めて、直してもらう方がいいです。演奏を途中で止めることに抵抗感がありますが、インドではチューニングとか、他の事情で止める場面をよく見かけます。

 

 チューニングをするにはもちろんペグを回しますが、もう一つ、微調整をするための独特の仕掛けがあります。これはシタールにも同じものがついていますが、ブリッジと下端の弦止めとの間の各弦ごとに大きなビーズが通してあります。ペグである程度合わせた後はこのビーズを押し下げることで、音高を微妙に上げ、完璧に音を合わせます。また重要な音色であるジョワリ音を生み出す仕掛けは、もちろんブリッジに施してある訳ですが、弦の張力の変化によって微妙に消えたりします。そこで、ジョワリ上の弦の下には糸が挟んであります。この両端を持って、最も気持ちの良いジョワリ音の出る位置までスライドさせます。隙間が変化し、ちょうど弦が下の台と触れやすくなったとき美しい音が生まれます。広いと開放的に、狭いと少しこもって含みのある音になります。このときまたチューニングが狂う場合もありますので、両方のせめぎ合いが必要となって来ます。

 大変小さい50cmぐらいのタンブーラもあります。聞いた話では、海外へ飛行機で持って行って演奏するには、できるだけ小さいのが便利だ、という理由で作り出されたのだそうです。大きな音は出ませんが、マイクを通すことを前提としていると思われます。もっとも、近年余り見かけなくなりました。その代わり、胴の背部へのふくらみがうんと少ない、全体としてスプーンのような形のものがよく使われています。こういうタイプはタンプーリと呼ばれ、胴部がユウガオの実ではなく、木で作られています。これも運搬の際に、場所をとらず、かつ壊れにくくするために、作り出されたのだと思われます。

 *大体において、楽器というものは壊れやすくできているものですが、インドの楽器は特に壊れやすいものが多いように思います。細い棒がたくさん突き出ていたり、弦が本体の外を通過していたり。なぜか?もちろんそれだけ「繊細な楽器」だと言えなくもないですが、ちょっと斜めから見ると、直す店がたくさんあるので、余り気にすることもないからだと言えなくもありません。壊れにくい構造にして値段が高くなるより、すぐ持って行って直してもらえばいいさ、という発想です。ちょっと「いい加減な話」のようにも聞こえるかも知れませんが、インドにはたくさんの「職人」がいます。代々受け継がれるので、余り減ることはないと思います。「うちの息子はサラリーマンにする」なんて言う職人は、まずいないと思います。こういう壊れやすい、いや、繊細な楽器を布の袋に入れ、手で抱えて大切に運んでいました。それ以上の必要性がなかったのでしょう。ケースも余り堅い頑丈なものはありませんでした。何とも長閑でした。そもそも、シタールのような楽器を戸外に持ち出すというようなことは、本来余りないことだったと思われます。近年、海外へ沢山輸出をするようになって、必要に迫られやっと当たり前の「楽器の保護が可能なケース」が作られるようになって来ました。(従って、これは伝統的な製作方法ではないため、中の楽器より外のケースの値段が高いというような場合もあります。)しかし、どちらにしろ、そういう直す「職人」のいない世界に楽器は連れて来られる訳ですから、大変です。できるだけ慎重に扱ってやるしか方法はありません。

 また、特に近年、色々なタイプのタンブーラが「作出」されています。携帯に便利な、取っ手の付いた木製のカバン型のもの。フタを開ければ、もうそこに弦が張られていて、すぐ演奏できます。本当に便利です。他にどういう理由かは分りませんが、面白い、ほとんど「奇抜」としか言いようのないものまで現われています。舞台を華やかに演出するためでしょうか。こういう点、同じ「伝統音楽」と言っても、日本などとはかなりの違いを感じさせます。最終的なものとしては、果たして「楽器」と呼んでいいのかどうか、初めの方に書いた「無段可変基準音発生装置」の考えそのままに、電気装置(タンブーラマシン)が作られました。元々そういうものは、ハルモニアムやシュルティボックスなどの、リードオルガン系のものが代用のように使われていましたので、「弦の響きではない」と拒絶されることなく、常に一定、おまけに微調整もできるものとして抵抗なく受け入れられ、現在はごく当たり前のものとして使われるようになっています。

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2.管楽器

1.Bansuri バンスリー
2.Shahanai シャーナイ、シャハナーイ

Bansuri バンスリー

bansuri  インドで最近、大変バンスリー人口が増えています。色々理由があると思われます。しかし、本来は、民謡やポピュラー音楽などに使われるだけで、そんなに重要な楽器とは思われてなかったフシがあります。羊飼いが広く寂しい野山で、羊達が草を食むその間の徒然に、孤独を慰めるように吹き鳴らしていた、というのが基のようです。しかしこれは同時にあのクリシュナ神を想起させるものであり、その価値自体が低かった訳ではないはずです。
 現在の北インド古典音楽は、宮廷にて発展したものであり、そこでの価値観が大きなウエイトを占めています。貴顕達の尊ぶ楽器は「弦楽器」でした。日本とは違って、直接口を当てて演奏するようなものは、「庶民」のもの「しもじも」のものというような感覚ではなかったかと思います。まあ、見るからに弦楽器は弦や装飾も多く、優雅さや豪華さを備え、光り輝く高貴なものに見えます。反対に笛は、これまた日本のものとは大違い、何の装飾もない、つやも全くない只の竹。作り方も簡単、真っ赤に焼いた鉄の棒を突き立てて孔を開けるだけ。どう見ても豪華な感じはしません。そんなことで長い年月、そういう境遇に甘んじていたということだと思います。

 

 そこへヒーローが現われます。パンナラル・ゴーシュです。彼はそんな笛に大いなる可能性を見出します。シタールやボーカルを学んで、すでに古典音楽に精通していた彼は、笛でその古典を演奏しようと決意し、ラヴィ シャンカールの師であるアラウッディン カーンの元へ行きます。ところが、「君は十分できている、習うようなことはない」と言われたそうです。(つづく)

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Shahanai シャハナーイ、シャーナイ

shahanai 準備中

 

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3.打楽器

1.Tabla タブラ
2.Pakawaji パッカワージ、パコワジ

Tabla タブラ

別ページ「タブラの歴史と構造」へ飛びます。

Pakawaji パッカワージ、パコワジ

pakawaj pakawaj2 準備中

 

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